撮影:窪田弘信
 
 
千手観音の舞踊は、「天女の舞」とも言われている。他にも「仏の世界が目の前に見えているようだった」「人々の苦しみや悩みや辛さを解き放してくださる「観音様」のように見えた」などと、世界中の誰もが、“千手観音”のパフォーマンスを見て感動しています。“千手観音”の金色の衣装もまた、そのように見えてしまうのかもしれません。さらに、正面役の女性の慈悲に満ちた表情と28本のしなやかな手の舞踊は、人が演じているとは思えないほどに、美しい動きを見せ、思わず幻想の世界に引き込まれてしまいそうになるほど、彼ら“千手観音”の踊りに圧倒されてしまいます。彼らに大きな拍手をしたとしても、彼らには聴こえない。でも、その気持ちを持つことが大事なのです。 
 
千手観音(せんじゅかんのん)、梵名サハスラブジャ・アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラは、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「サハスラブジャ」とは文字通り「千の手」の意味である。この名はヒンドゥー教のヴィシュヌ神やシヴァ神、女神ドゥルガーといった神々の異名でもあり、インドでヒンドゥー教の影響を受けて成立した観音菩薩の変化身(へんげしん)と考えられている。六観音の一尊でもある。
千手観音の造像例は、インドにはほとんど知られないが、中国では唐代の龍門石窟などに遺例がある。日本での千手観音信仰の開始は古く、空海が正純密教を伝える以前、奈良時代から造像が行われていた。東大寺には天平年間に千手堂が建てられたことが知られ、同寺の今はない講堂にも千手観音像が安置されていた。日本における現存作例では、8世紀半ばの制作とされる葛井寺像が最古とされ、唐招提寺像も8世紀末〜9世紀初頭の作品である。和歌山・道成寺の秘仏北向本尊像の胎内からは大破した千手観音像が発見されているが、これは道成寺草創期の本尊と思われ、奈良時代に遡るものである。その他、千手観音をまつる著名寺院としては、清水寺、三十三間堂、西国札所の粉河寺などがある。京都・清水寺本尊(立像)は、33年に一度開扉の秘仏で、42本の手のうちの2本を頭上に挙げて組み合わせる独特の形をもち、「清水型」といわれている。同じ清水寺の奥之院本尊の秘仏千手観音像は珍しく27面をもつ坐像である。