西湖風景名勝区は、面積60平方キロ、開放景勝区と重点文物保護単位は百ヶ所余りにのぼり、どの風景をとっても一幅の絵画のようで絶景がつきない。南宋の時代に有名な「西湖十景」が言われ始め、後に新朝の康熙、乾隆両皇帝の題字による勅碑が刻まれ、今日まで伝えられている。最近はまた「新西湖十景」が選ばれたが、この二十景以外にも風景明媚なところは数え切れない。
西湖に浮かぶ孤山、蘇堤、白堤そして三つの人工の小島は観光客必見の地であろう。また林の中に見え隠れする霊隠寺、飛来峰の摩崖仏、岳廟、六和塔、浄慈寺などの旧跡も観光客のつめかける名所である。
このほか、湖をめぐって連なる呉山、玉皇山、宝石山等の名山、龍井、玉泉等の名泉、石屋、煙霞、紫雲等の洞穴。また花港観魚、曲院風荷、柳浪聞鶯等の名園、全て独特の風格と美を感じさせる。
 

     
【特色】月を見る三つの名所の一つであり、春夏秋冬であろうと、曇り、晴れ、雨、雪の日であろうと、湖の景色を満喫できる最適の場所である。
【歴史】唐代に望湖亭を建て、南宋に「平湖秋月」と名付けられた。明代にここで「龍王祠」を作り、清の康熙38年、御書楼と改築され、建物の前にベランダを作り、更に碑亭も建てた。
【景勝】御碑亭、茶楼、平台、八角亭、湖天一碧楼
     
【特色】宝石山、保俶塔とあわせて杭州西湖のシンボルとなり、冬には雪景色を観賞する最高の場所。断橋は「白蛇伝」の伝説に関わり、ロマンチックの色彩に富み、「三大愛人橋」の中で一番有名である。
【歴史】唐代は木の橋であって、「段家橋」と呼ばれたが、南宋時代、「断橋残雪」と命名された。清の康熙38年に、康熙皇帝の自筆で碑を作り、1914年には石橋に改築された。
【景勝】湖面、山景、「雪水光中」亭、御碑亭
     
【特色】「蓮」を中心にした大型公園
【歴史】宋代にお酒を作る工場であった。洪春橋近くの湖面に蓮を植えて、原名は「麹院風荷」であったが、清の康熙38年皇帝の勅名で「曲院風荷」と改名され、岳湖の畔に石碑を立て、ただ一碑、一亭の狭いところであった。1980年に拡張し、岳湖、金沙港と郭荘を一つにつなげ、蓮の陳列室も設けた。
【景勝】迎薫閣、蓮陳列室、波香亭、花廊下、湛碧楼、石舟、密林区
     
【特色】西湖十景の中心。蘇東坡が杭州を治める業績の一つで西湖を疏浚した泥で作った長い堤である。西湖観賞の場所。
【歴史】北宋の哲宗元佑4年から6年(1089-1091年)、蘇東坡は二度目の杭州知事の任期中に、1090年に杭州の軍民を動員し、西湖の泥を掘り出した。蘇東坡と両浙の兵都監劉景文の共同の指導の下で半年で長さ2.8キロの堤を完成した。蘇東坡が離任した時はまだ名をつけていなかったが、林希が知事になり、蘇東坡を記念して蘇公堤と名付けた。蘇堤春暁は南宋の画家がつけた。
【景勝】御碑亭、夕陽亭、仁風亭、映波橋、鎖瀾橋、望山橋、圧堤橋、東浦橋、跨虹橋
 
【特色】「湖の中に島があり、島の中に湖がある」といわれている。西湖にある三つの島の中で、面積が一番広く、景色の一番美しく、また一番人気を呼んでいる三潭印月は、「小瀛洲」とも呼ばれ、「蓬莱仙島」にたとえられている。中国江南の水上庭園芸術の代表作となっている。湖の中にある800年前に造った石塔は高さ2mで、有名な三潭印月の主景である。球形の塔身は中が空で、周りに五つの穴が等間隔に並び、明月の夜に大きな蝋燭を入れる。「天上は明月ひとつ、水中は影三つ」が三潭印月の由来である。
【歴史】明の万暦年間、西湖を疏浚した泥で丸い堤を作った島である。明代に、北宋時代の蘇軾のまねをして、島の南の湖面に石塔を三つ作った。清の雍正5年、南北の橋、東西の堤を一つにし、島の中の通路は「田」という字の形になり、庭園の建築と園林の風格はその時から形成された。
     
【特色】主な景色は柳で、大型提灯祭が開催される。
【歴史】南宋時代、皇帝の御苑であった。明代以来何回も修復し、1978年に江南別荘風の庭園に改築された。1963年、杭州市と岐阜市は共に「日中不再戦」の石碑を建てた。敷地内の「百鳥の天国」で酔柳、浣紗柳、獅柳などの垂柳は約500本植えられている。
【景勝】聞鶯園、友誼園、聚景園
 
【特色】西湖の北側にある宝石山の保俶塔と対称しており、南山景色の中の景勝地
【歴史】北宋の975年に建立、1924年に倒壊した。昔は雷氏が庵を造ったので「雷峰」という地名を付けた。後に呉越王は王妃黄氏が男の子を産んだことで黄妃塔とも呼ばれた。民間では「雷峰塔」と呼ぶことが多い。最初の計画は13層の塔を建てる予定だったが、呉越国が滅亡の危機に面し7層まで造った。
     
【特色】鯉と花を観賞する一番良い場所で、江南園林芸術と西洋園林芸術を結びつけた大型の公園である。
【歴史】南宋の時、ここは内侍官盧允昇の個人の庭園で、彼は池を作り、鯉を養殖し、「盧園」と名付けた。南宋の画家は「花港観魚」と呼んだ。清の康熙38年、皇帝御題の碑を立て、面積はわずか1800平方メートルで、石碑とあずまやしかなかった。1956年と1959年数回拡張し、今の敷地面積は20ヘクタールになり、芝生は8万平方メートル、花の栽培面積は1500平方メートルである。珍しい植物が200種と1000本以上の牡丹と芍薬が植えられ、緋鯉が7000匹以上養殖されている。
【景勝】御碑亭(盧園旧居)、蒋荘(馬一孚記念館)、紅魚池、牡丹園、紅杉林
 
【特色】日本曹洞宗と深い関わりがある南屏晩鐘は浄慈禅寺の重要な景勝であり、中にある大銅鐘は10071㎏もある。
【歴史】鐘楼は最初は明の洪武11年(西暦1328年)に建立され、清の康熙38年、皇帝が命名して、碑を立てた。清の末期には鐘楼は火事で焼かれ、百年もの間に鐘音が消えていた。1985年に日本曹洞宗大本山永平寺は「懐徳祖庭・感恩法乳」という精神で、再び青銅の梵鐘を作り、1986年秋に再び鐘が響き渡った。
【景勝】鐘楼、重修鐘楼記、銅鐘、仏殿の建物、運木古井
 
【特色】湖に舟を浮かべ、遠くから山の景色を眺める。
【歴史】南宋の画家は最初「両峰插雲」と題し、清の康熙38年、皇帝が「雙峰插雲」と改名した。西湖十景の石碑は殆ど西湖の周辺にたっているが、山景色の有名な南高峰、北高峰の高さはそれぞれ259メートルと313メートルで、二つの峰の距離は3.6キロある。
【景勝】碑亭、双峰、山色わ眺める一番いい場所は湖心亭。ここから南高峰まで3.5キロ、北高峰まで4.5キロ離れ、両方の視角は50°で一目で満喫できる。




【玉皇飛雲】 【宝石流霞】 
【特色】西湖の山々の中で銭塘江と西湖を眺める最適の場所。常に霧がかかって、雲が飛んで素晴らしい。
【歴史】唐代に「玉柱峰」と呼ばれ、五代呉越国に「育王山」と名付けられ、宋代に「玉龍山」と改名した。明代になると、山の頂きに福星観を作り、玉皇大帝の像を祭り、玉皇山とよぶ。1985年西湖新十景の一つに指定され、「玉皇飛雲」と命名した。山の頂までは自動車道路が作られ、全長4キロ、歩行者道もあり1400あまりの階段がある。
【景勝】林梅亭、仏道崖、老玉皇宮、紫来洞、八卦田、七星亭登雲閣、江湖一覧楼、天一池、碑亭
【特色】宝石山と断橋と杭州西湖のシンボルとなっている。保俶塔で有名な宝石山は市内に一番近い山。
【歴史】宝石山は西湖の北側にあり、南屏山に望んで、呉山と共に西湖の岬と言われている。山の岩は火成岩であり、酸化鉄の成分が多く、光の下で、宝石のようなつやが見られるので「宝石流霞」と命名された。主な景勝の保俶塔は高さ45.3メートルであり、六角、七階、全てレンガで作られた。現存の塔は1933年に再建されたもので、夜になるとライトアップされ綺麗である。
【景勝】保俶塔、来風亭
【黄龍吐翠】  【満隴桂雨】 
【特色】仏教と道教の特徴を融合した建物。龍を主題、縁を中心、越劇を特色とする倣古遊覧景勝地。中には滝や洞窟、竹林などがある綺麗な山間園林。
【歴史】南宋の時、江南黄竜山の彗開が護国仁王寺院をつくり、清末、道教の道観を設け、1983年に黄龍倣古園にした。1985年に西湖新十景の一つに指定され、1995年に「圓縁民俗園」と改名。黄龍洞小百花越劇団は有名。
【景勝】方竹園、竜潭、月老祠
【特色】木犀の花を楽しむ有名な景勝地
【歴史】五代呉越国時代、満覚院という寺院が開山され、宋の末、明の初め、地元の人々はここに木犀の木を植えた。1983年木犀の花は杭州市の花に決められた。1985年ここは西湖新十景の一つとなり、1999年に満隴桂雨公園を建設した。現在、10000本の木犀が植わっている。
【景勝】木犀林、石屋洞
【呉山天風】   【龍井問茶】
【特色】市街区内唯一の山。いろいろな民俗風情が見られ、趣のあるところ。新しく建てられた城隍閣は鳳凰が飛んでいるように見えて、杭州の代表的景観。
【歴史】春秋時代に呉国の境目で、呉山と名付けた。明の時、正直な浙江按察使周新を記念するため城隍閣を建て、山も城隍山と呼ばれた。清代に「銭塘二十四景」に選ばれ、1985年、西湖新十景の「呉山天風」と命名された。「天風」という言葉は秋謹女士の詩から取った。1988年、呉山文化広場を作り、呉山を中心とする景勝地域が形成された。
【景勝】城隍閣、周新祠、呉山文化広場
【特色】「茶」を中心とする地域。龍井泉は西湖の三大名泉の一つであり、中国茶葉博物館も近くにある。
【歴史】三国東呉赤烏年間(1700年前)に発見され、もとは龍湫と呼ぶ。人々はこの泉が海と繋がって龍がいると信じ、「龍井」と名付けた。晋代に道教の葛洪はかつてここで不老長寿の薬を作り、五代には龍井寺を建て始め、最初の名は報国看経院と呼ばれた。明代に現在の場所に移し、清の乾龍皇帝が龍井を遊覧した時、「湖山第一佳」と書かれた。
【景勝】滌心亭、一片雲、神運石、龍井泉、龍草堂
【虎跑夢泉】  【雲棲竹径】 
【特色】説泉、賞泉、試泉、品泉など、性空、済公、弘一法師などの伝説によって有名な人文景観である。
【歴史】唐の初め広福禅院を建て、後に大慈定彗寺と改名され、清代に大規模な修理工事が行われた。「天下第三泉」と呼ばれ、水中の鉱物が少ない、ラドンが高く、表面張力が大きい。
【景勝】済公殿、済公塔院、夢泉塑像、満翠崖、羅漢堂
【特色】竹を中心に緑、青、涼、静の4つの特徴で有名な景勝地。
【歴史】五代呉越国の時、寺を建て、唐代に竹が山一面に植えられた。宋、明代に高僧がいた。伝説によると清の康煕帝は雲棲に4回来られ、清の乾隆帝も6回来られた。1985年に新十景に指定された。
【景観】竹林、竹径、洗心亭、碑亭、遇雨亭
【九渓煙樹】  【阮墩環碧】 
【特色】山と木、渓流をテーマとした優雅な景勝地
【歴史】主な渓流は翁家山楊梅嶺から流れ、山々の谷を通って、小さな渓流を集めて、銭塘江に流れていく。原名は九渓十八澗と呼ばれた。1985年に新十景に指定され、滝の飛沫が煙のようで満谷迷蒙となり九渓煙樹という名を付けた。釣も可能。
【特色】庭園式の倣古観光の小島
【歴史】清の浙江廻撫阮元が人々を動員し、西湖をさらった泥で作った島である。南北34メートル、東西33メートル、面積5561平方メートル。1981年、応接間、曲廊を作った。1985年に新十景に指定され、湖上釣り場でもある。
【景勝】魚釣り