2011年6月24日、杭州の西湖はユネスコに「世界文化遺産」と選定され、中国の41番目の世界遺産、29番目の文化遺産となった。 
西湖は今までの仏教文化、道教文化及び忠孝、蔵書、茶禅、印学等の中国悠久な文化と伝統の発展と伝承に特殊な証明を提供した。これは中国歴史文化のエリートが「天人合一」と「情を山水に」という中国山水美学理論の下で設計した景観の傑作であり、十何世紀以来、中国伝統文化エリートの心故郷で、各階層の人々が世代に憧れる人間の天国でもある。 
西湖の自然山水は「西湖景観」の自然キャリアと構成の要素である。湖の水は山々に頼り合い、緩やかな山々は馬の蹄の形で西湖の南、西と北側に広がり、山々に囲まれる湖の水は枯れなく静かである。ユニークな山色と巧みな手入れの美との結び合いで、「好山好水看不足,马蹄催趁月明归(良い山水が見ても足らず、早く観ても月昇る前は帰らぬ)」のような感じをさせられる。
 
 
外湖  東は湖濱路、西は蘇堤、南は南山路,北は白堤まで
西里湖 蘇堤より西の湖面
北里湖   東は断橋から、西は西冷橋まで、南は孤山に接し、北は北山街まで
岳湖    岳王廟の南、蘇堤の西の曲院風荷公園内
小南湖   南山路より北、蘇堤の西の花港観魚公園内 
 
湖全体は孤山及び人工で作られた白堤、蘇堤によって、外湖、北里湖、西里湖、岳湖、小南湖等5つの水面に分けられ、それぞれは橋の開によって、通り合て、「湖の中に湖がある」という奇妙な配置となる。小舟に乗って、悠々と通ったり、堤に沿って散策したりすると、曰く「処々回頭尽堪恋,就中難别是湖边(どこも恋しいが、湖の傍だけは離れられぬ)」 
西湖の山々は南と北のシリーズ峰を分けるが、山が高くなく、峰が重ねながら、横に広がっている。鳳凰山が飛んでいる鳳凰、玉皇山はよこになっている龍のように、呉山は春秋時代呉の西の境で、孤山は文物遺跡が集まって、冬にまた梅を鑑賞する勝地である。それ以外に南高峰、北高峰、紫陽山、将台山、天竺山、飞来峰、葛嶺山等十何箇所の特色のある山々もある。
朝早々に薄い霧が開いたら、、西湖の山々が美しい姿が現れてくる。夕暮れに夕映を浴びている湖と山がエレガントに見える。山の石畳み道を歩いていたら、新鮮な空気と自然を楽しむことができる。 
西湖の町と湖の空間構造は簡単に言うと、「三面雲山一面城(三面に山に囲まれ、一面が湖に臨む」ということで、山々は湖を中心に北、西、南に点在して、馬の蹄の形となっている。湖の東は平地で、2000年以上の歴史を持つ杭州の町がある。山々が湖を抱いて、古い町が湖を頼っていて、人と自然とのハーモニーを表している。
 
 
西湖景観のレイアウトは「白堤」、「蘇堤」、「小瀛洲」、「湖心亭」、「阮公墩」の「二本の堤三つの島」から成っている。これらは紀元9-19世紀の間に数回の浚渫工事によって、豊富で独特な景観鑑賞のレベルと成った。 
(1)二つの堤
蘇堤:蘇東坡が杭州知事を務めた時に西湖浚渫工事で取り上げた泥で堤を築いたことで、「蘇堤」と名付けた。長さは2.8キロで、西湖の南北を貫く。
白堤:西湖の東西方向の堤で、東は断橋とつながり、西は孤山と接し、長さは987メートルで、春には「垂柳の間に桃の花」という美しい風景を見せている。 
西湖にはもう一本の堤があり、楊公堤と言い、景色が美しく、歴史の趣がある長さ3.4キロのもので、北は霊隠路から、南は虎跑路まで、沿線に曲院風荷、杭州花圃、茅家埠、花港観魚等の著名な観光スポットがある。 
(2)三つの島
小瀛洲:西湖の中に一番大きな島で、亭と楼閣が点在し、花と木が青々としているため、「湖の中に島があり、島の中に湖がある」という古典的な水上園林景観となる。 
湖心亭:湖中部の北にあり、湖心亭から湖の景色を見まわることができる。「湖心平眺」は清代の西湖十景の一つ。島には清乾隆帝親書の「虫二」の石碑が立ってあり、ここが「風月無限」という意味。 
阮公墩:湖心亭の西にあり、一番小さな島で、「池一つに島三つ」という蓬莱文化の内容だけでなく、千年も經った「堤二本島三つ」という景観布局を完成した。 
 
 
13世紀の南宋画院の作品の中に、西湖四季の景色に四文字で題名を付けたため、西湖十景が生まれた。歴史の流れの中に、長く伝わってきたものは「新西湖十景」、三選西湖十景なども生まれた。これらは人々の心と品格の頼りであり、また、中国伝統景観の設計が「天人合一」の哲学思想に対する特別な表しでもある。 
蘇堤春暁:南宋の「西湖十景」のトップで、堤や橋を歩くと、景色が一枚の絵のように展開し、それぞれ異なる風情を楽しむことができる。蘇堤を渡る6本の橋はそれぞれ趣も異なる。
アクセス:路線バス850、K 7、Y9番 岳王廟にて下車 
曲院風荷:南宋時代に国営の醸造所があり、金沙渓の水を取って作った曲酒は国内で有名。院内に蓮の花が100種類以上植えられ、橋の上を歩くと、まるで花の花の中を歩いているような観で。夏にそよ風と共に漂ってきた蓮と酒の香りは心ゆくまで来るため、「曲院風荷」と名付けられた。
住所:北山路と曙光路の交差点  
アクセス:路線バス28、15、82番 曲院風荷にて下車
平湖秋月:最も美しいのは月夜の景色。秋の夜にここから眺めると、一輪の名月が空に掛かり、湖と空が一色で、そよ風の中で月の光を浴びて、月宮にいるような感じ
アクセス:路線バスY9、Y2、K7番 葛嶺にて下車 
断橋残雪:冬に雪が降る時、遠くからみた橋が切っているような感じで有名。断橋は中国民間伝説の「白蛇伝」の哀愁な愛の物語とつながっているので、西湖の中で最も有名な橋となっている。
アクセス:路線バスY9、K7番 葛嶺にて下車 
花港観魚:西湖の西南にあり、三面は水に囲まれ、一面は山に頼っている。敷地面積が300ム余りの大型公園で、中の「紅魚池」は鑑賞の中心地域である。池の上に九曲橋が懸けて、欄干の傍に立ってみると、数千匹の金魚が寄ってくる。
住所:南山路の南端と蘇堤の間 TEL:87963033
アクセス:路線バスY5、Y9、K194番 蘇堤にて下車 
柳波聞鶯:南宋時代に帝王のガーデンで、「聚景園」と言った。園内に柳が多く、風に吹かれると緑の波を起こし、鶯が穏やかに啼くため、「柳波聞鶯」と名付けられた。現在、柳波聞鶯公園となって、陽春の3月に万本の柳の枝がそよ風に吹かれ、まるで緑の波ようである。
住所:南山路11号
アクセス:路線バス12、K12、K4、K315、Y9 柳波聞鶯にて下車 
三潭印月:中国江南水上園林の傑作。仲秋名月の夜に一輪の名月が空に掛かり、湖面と映り合って、塔の中に蝋燭を点けると空も湖も輝き、手ゴキボートで寄って来る月見の人々が月に無限な思いを込めて、帰ることも忘れるであろう。 
双峰挿雲:南高峰と北高峰が向かい合って、頂上が時々雲の中に隠れ、まるで雲に挿し込むようで、名を得た。雨後の南、北高峰は水墨画の巻のようで、人々を魅了している。
INFO:北高峰まではロープウェーで、上りは30下/1人、下りは20元/1人、往復券は40元/1人
時間:7:30-16:45(ロープウエー運行) 
雷峰夕照:雷峰塔は民間伝説「白蛇伝」で全国でその名を知らせている。夕日に照られている塔が佛の光を浴びて輝いている。
住所:南山路5号
アクセス:路線バスK504、K4、Y9番、浄慈寺にて下車
南屏晚鐘:南屏山麓は五代(10世紀)以来、「東南佛国」の勝地であった。紀元954年に建立された浄慈寺は西湖仏教の道場の一つとされた。夕方に寺の鐘が撞かれ、音が絶えなく鳴り回っている。
住所:南山路56号  
アクセス:路線バスK4、K504、822、K822番  浄慈寺にて下車 
 
西湖は自然の湖で、更に人文の湖である。東方文化の精華、人文と自然との巧みな結び合いとして、9-18世紀の東アジアの文化に大きく影響した。西湖周辺の佛塔、寺院、石刻像、祠廟、道観、城門遺跡、行宮、蔵書楼などの文物古跡はその悠久な歴史文化の実物証明で、その内、仏教の文化財は30ケ所、儒教の文化財は5ヵ所、道教の文化財は8ヵ所もある。 
仏教文化遺跡
西湖辺りの仏教崇拝は4世紀まで遡ることができ、五代の呉越国の時期(907-978)から盛んになり、寺院、廟、塔、閣が林立し、石窟石像が豊富で、「東南佛国」と言われていた。南宋から都を杭州に引越し、霊隠寺と浄慈寺は禅宗最高「五山十刹」に入れられた。 
保俶塔:保俶塔は西湖景観の中で教建築物のシンポルのひとつで、北宋太平興国元年(紀元976年)に建立された。最初はレンガ木造の楼閣式の建物であったが、宋。元代以後に壊れ、再建を経て、現存のものは民国22年(紀元1933年)に再建されたものである。保俶塔と雷峰塔は「保俶は美人如く、雷峰は老いた和尚のよう」という南北対比となった。 
雷峰塔遺跡:雷峰塔は呉越国時代(紀元977年)に初めて建立された。塔基、階段、塔身、地下宮殿から成っている。南宋と次の時代から修復した外側の部分に僧侶寝室、道路などの遺跡がある。地下宮殿は塔基の中心にある塔心室の下で造られ、呉越国の金銀器、玉器、銅器などの文物を出土した。 
儒教文化遺跡 
儒教文化は西湖文化景観が形成と発展の中の重要な部分である。儒教の忠孝文化伝統及び文と学を重視する蔵書文化伝統、書院教育制度は「西湖景観」が伝承する重要な儒教文化の要素である。 
岳飛の墓(廟):岳飛の墓(廟)は中国の誰でも知っている忠孝文化伝統の模範で、中国歴史上でもっとも著名な民族英雄岳飛の墓である。南宋隆興元年(紀元1163)に初めて建立された。西湖北の栖霞嶺の南麓、北山路の北側にあり、南は西湖南岸まで約150メーター。 
文蘭閣:文蘭閣は本と閣が共存している清代宮廷監督で造られた「四庫全書」の著名な蔵書楼で、清の乾隆49年(紀元1784年)に初めて建立され、乾隆年間に「「四庫全書」を収めるために、全国で造った七つの国営蔵書楼の一つで、江南三閣のなかで唯一に現存するものである。 
道教文化遺跡
「湖山天成知性霊,无数白云生翠屏(湖と山が天成で、知性があり、数え切れぬ白雲が翠屏を生む」。西湖の山々は仏教と儒教文化の潤いのほか、中国地元で生まれた道教も景色のよい場所も占めている。 
抱朴道院:抱朴道院は東晋の葛洪が西湖葛嶺で修行する時に造られたもので、西湖周辺では最も代表的な道教の宮観で、杭州地域の道教信仰の悠久な歴史と伝承の過程を証明した。 
他の文化代表遺跡:西泠印社、钱塘門遺跡、清行宫遺跡、舞鶴賦石刻及び林逋の墓、龍井等 
西泠印社:1904年に発足した中国一番最初の有名な印学の社団で、「金石の保存、印学の研究、書画にも及ぶ」ことを宗旨に、国内外では金石篆刻を研究する最も歴史が最も悠久で、成果が最も高く、影響が最も大きい学術団体で、「天下第一社」と言われている。 
 
「春に花、夏に月、秋に涼風、冬に雪があり、心に何気なければ、人間の良い季節なり」
西湖の四季に、桃、蓮、金木犀、梅は4人の花仙人のようにそれぞれ異なる美しさを与えている。花が咲く頃になると、至る所に薄い花の香りが漂って、西湖の湖畔を歩くと、仙境にいるようで、杭州では、花はひとつの季節を代表することだけでなく、一つの生活スタイルも代表している。 
四季の花 
桃の花—主に西湖の沿線、蘇堤、白堤等に分散して、時期は普通2月下旬から4月の上中旬まで、桃の花が満開の時、ピンクの桃と緑の柳という景観効果がある。 
蓮の花—西湖の湖面に蓮の花を植える区域は14箇所もあり、面積は130ムで、大半は北里湖と岳湖に分散している。蓮花は6月の初めに咲き、6月の末に満開を迎える。8月の末か9月の初めまで咲く。 
木犀の花—杭州市の花で、金木犀、銀木犀、丹木犀と四季木犀を分けて、その中、金、銀木犀をベストとされている。西湖の木犀は9月の上旬から11月の初めまで、毎年の中秋節前後は遠くまで木犀の花の香りが漂い、杭州観光の重要なスポットとなっている。
推薦の花見場所:平湖秋月 
梅の花—中国伝統文化の中では、梅は「横柄な超然」を追求する紳士を象徴している。杭州の梅の開花時期は毎年の1月末から2月の中旬までの正月期間で、梅が満開の時、こころのゆくまで香りが漂ってくる。
賞梅の推薦場所:孤山
龍井茶畑 
西湖龍井茶畑は西湖景観茶文化を伝承する原生地で、湖西部の山々に分散して、龍井、満覚龍、九渓、翁家山、楊梅嶺、双峰、霊隠、茅家埠、梵村等の九つの村にある。茶畑は山と湖に臨んで、樹木が茂て、渓流が流れて、景色が綺麗である。
 
西湖周遊はいろんな方法を選択できる。もし、歩き疲れなら、無償の自転車をレンタルでき、あるいは、観光電動カートなら、どこでも手を上げれば、止めてくれる。最も快適なのは船で遊覧。画舫、レジャー船、自行運転船、てごき船などがある。 
 ◎自転車で悠々と西湖を周遊することは、環境に優しく、レジャー的で、体にも良い。
レンタル時間:6:00ー21:00 返還時間は22:00 
レンタル料金:200元(保証金)+100元(預かり金)、身分証明証等の有効書類荷必要。レンタル時間は1時間内の場合、無料で、1時間を超えた場合、料金がかかる。



 
     
西湖風景名勝区は、面積60平方キロ、開放景勝区と重点文物保護単位は百ヶ所余りにのぼり、どの風景をとっても一幅の絵画のようで絶景がつきない。南宋の時代に有名な「西湖十景」が言われ始め、後に新朝の康熙、乾隆両皇帝の題字による勅碑が刻まれ、今日まで伝えられている。最近はまた「新西湖十景」が選ばれたが、この二十景以外にも風景明媚なところは数え切れない。
西湖に浮かぶ孤山、蘇堤、白堤そして三つの人工の小島は観光客必見の地であろう。また林の中に見え隠れする霊隠寺、飛来峰の摩崖仏、岳廟、六和塔、浄慈寺などの旧跡も観光客のつめかける名所である。
このほか、湖をめぐって連なる呉山、玉皇山、宝石山等の名山、龍井、玉泉等の名泉、石屋、煙霞、紫雲等の洞穴。また花港観魚、曲院風荷、柳浪聞鶯等の名園、全て独特の風格と美を感じさせる。
 

   
【特色】月を見る三つの名所の一つであり、春夏秋冬であろうと、曇り、晴れ、雨、雪の日であろうと、湖の景色を満喫できる最適の場所である。
【歴史】唐代に望湖亭を建て、南宋に「平湖秋月」と名付けられた。明代にここで「龍王祠」を作り、清の康熙38年、御書楼と改築され、建物の前にベランダを作り、更に碑亭も建てた。
【景勝】御碑亭、茶楼、平台、八角亭、湖天一碧楼
   
【特色】宝石山、保俶塔とあわせて杭州西湖のシンボルとなり、冬には雪景色を観賞する最高の場所。断橋は「白蛇伝」の伝説に関わり、ロマンチックの色彩に富み、「三大愛人橋」の中で一番有名である。
【歴史】唐代は木の橋であって、「段家橋」と呼ばれたが、南宋時代、「断橋残雪」と命名された。清の康熙38年に、康熙皇帝の自筆で碑を作り、1914年には石橋に改築された。
【景勝】湖面、山景、「雪水光中」亭、御碑亭
   
【特色】「蓮」を中心にした大型公園
【歴史】宋代にお酒を作る工場であった。洪春橋近くの湖面に蓮を植えて、原名は「麹院風荷」であったが、清の康熙38年皇帝の勅名で「曲院風荷」と改名され、岳湖の畔に石碑を立て、ただ一碑、一亭の狭いところであった。1980年に拡張し、岳湖、金沙港と郭荘を一つにつなげ、蓮の陳列室も設けた。
【景勝】迎薫閣、蓮陳列室、波香亭、花廊下、湛碧楼、石舟、密林区
   
【特色】西湖十景の中心。蘇東坡が杭州を治める業績の一つで西湖を疏浚した泥で作った長い堤である。西湖観賞の場所。
【歴史】北宋の哲宗元佑4年から6年(1089-1091年)、蘇東坡は二度目の杭州知事の任期中に、1090年に杭州の軍民を動員し、西湖の泥を掘り出した。蘇東坡と両浙の兵都監劉景文の共同の指導の下で半年で長さ2.8キロの堤を完成した。蘇東坡が離任した時はまだ名をつけていなかったが、林希が知事になり、蘇東坡を記念して蘇公堤と名付けた。蘇堤春暁は南宋の画家がつけた。
【景勝】御碑亭、夕陽亭、仁風亭、映波橋、鎖瀾橋、望山橋、圧堤橋、東浦橋、跨虹橋
 
【特色】「湖の中に島があり、島の中に湖がある」といわれている。西湖にある三つの島の中で、面積が一番広く、景色の一番美しく、また一番人気を呼んでいる三潭印月は、「小瀛洲」とも呼ばれ、「蓬莱仙島」にたとえられている。中国江南の水上庭園芸術の代表作となっている。湖の中にある800年前に造った石塔は高さ2mで、有名な三潭印月の主景である。球形の塔身は中が空で、周りに五つの穴が等間隔に並び、明月の夜に大きな蝋燭を入れる。「天上は明月ひとつ、水中は影三つ」が三潭印月の由来である。
【歴史】明の万暦年間、西湖を疏浚した泥で丸い堤を作った島である。明代に、北宋時代の蘇軾のまねをして、島の南の湖面に石塔を三つ作った。清の雍正5年、南北の橋、東西の堤を一つにし、島の中の通路は「田」という字の形になり、庭園の建築と園林の風格はその時から形成された。
   
【特色】主な景色は柳で、大型提灯祭が開催される。
【歴史】南宋時代、皇帝の御苑であった。明代以来何回も修復し、1978年に江南別荘風の庭園に改築された。1963年、杭州市と岐阜市は共に「日中不再戦」の石碑を建てた。敷地内の「百鳥の天国」で酔柳、浣紗柳、獅柳などの垂柳は約500本植えられている。
【景勝】聞鶯園、友誼園、聚景園
 
【特色】西湖の北側にある宝石山の保俶塔と対称しており、南山景色の中の景勝地
【歴史】北宋の975年に建立、1924年に倒壊した。昔は雷氏が庵を造ったので「雷峰」という地名を付けた。後に呉越王は王妃黄氏が男の子を産んだことで黄妃塔とも呼ばれた。民間では「雷峰塔」と呼ぶことが多い。最初の計画は13層の塔を建てる予定だったが、呉越国が滅亡の危機に面し7層まで造った。
   
【特色】鯉と花を観賞する一番良い場所で、江南園林芸術と西洋園林芸術を結びつけた大型の公園である。
【歴史】南宋の時、ここは内侍官盧允昇の個人の庭園で、彼は池を作り、鯉を養殖し、「盧園」と名付けた。南宋の画家は「花港観魚」と呼んだ。清の康熙38年、皇帝御題の碑を立て、面積はわずか1800平方メートルで、石碑とあずまやしかなかった。1956年と1959年数回拡張し、今の敷地面積は20ヘクタールになり、芝生は8万平方メートル、花の栽培面積は1500平方メートルである。珍しい植物が200種と1000本以上の牡丹と芍薬が植えられ、緋鯉が7000匹以上養殖されている。
【景勝】御碑亭(盧園旧居)、蒋荘(馬一孚記念館)、紅魚池、牡丹園、紅杉林
 
【特色】日本曹洞宗と深い関わりがある南屏晩鐘は浄慈禅寺の重要な景勝であり、中にある大銅鐘は10071㎏もある。
【歴史】鐘楼は最初は明の洪武11年(西暦1328年)に建立され、清の康熙38年、皇帝が命名して、碑を立てた。清の末期には鐘楼は火事で焼かれ、百年もの間に鐘音が消えていた。1985年に日本曹洞宗大本山永平寺は「懐徳祖庭・感恩法乳」という精神で、再び青銅の梵鐘を作り、1986年秋に再び鐘が響き渡った。
【景勝】鐘楼、重修鐘楼記、銅鐘、仏殿の建物、運木古井
 
【特色】湖に舟を浮かべ、遠くから山の景色を眺める。
【歴史】南宋の画家は最初「両峰插雲」と題し、清の康熙38年、皇帝が「雙峰插雲」と改名した。西湖十景の石碑は殆ど西湖の周辺にたっているが、山景色の有名な南高峰、北高峰の高さはそれぞれ259メートルと313メートルで、二つの峰の距離は3.6キロある。
【景勝】碑亭、双峰、山色わ眺める一番いい場所は湖心亭。ここから南高峰まで3.5キロ、北高峰まで4.5キロ離れ、両方の視角は50°で一目で満喫できる。


  
1984年に「雲栖竹径」、「満 桂雨」、「虎跑夢泉」、「龍井問茶」、「九渓煙樹」、「呉山天風」、「阮墩環碧」、「黄龍吐翠」、「玉皇飛雲」、「宝石流霞」は新西湖十景に選定された。
2007年に「霊隠禅宗」、「六合聴涛」、「岳墓栖霞」、「湖濱晴雨」、「銭祠表忠」、「万松书縁」、「杨堤景行」、「三台雲水」、「梅坞春早」、「北街夢尋」は三選西湖十景となった。 
【玉皇飛雲】
【特色】西湖の山々の中で銭塘江と西湖を眺める最適の場所。常に霧がかかって、雲が飛んで素晴らしい。
【歴史】唐代に「玉柱峰」と呼ばれ、五代呉越国に「育王山」と名付けられ、宋代に「玉龍山」と改名した。明代になると、山の頂きに福星観を作り、玉皇大帝の像を祭り、玉皇山とよぶ。1985年西湖新十景の一つに指定され、「玉皇飛雲」と命名した。山の頂までは自動車道路が作られ、全長4キロ、歩行者道もあり1400あまりの階段がある。
【景勝】林梅亭、仏道崖、老玉皇宮、紫来洞、八卦田、七星亭登雲閣、江湖一覧楼、天一池、碑亭
【宝石流霞】
【特色】宝石山と断橋と杭州西湖のシンボルとなっている。保俶塔で有名な宝石山は市内に一番近い山。
【歴史】宝石山は西湖の北側にあり、南屏山に望んで、呉山と共に西湖の岬と言われている。山の岩は火成岩であり、酸化鉄の成分が多く、光の下で、宝石のようなつやが見られるので「宝石流霞」と命名された。主な景勝の保俶塔は高さ45.3メートルであり、六角、七階、全てレンガで作られた。現存の塔は1933年に再建されたもので、夜になるとライトアップされ綺麗である。
【景勝】保俶塔、来風亭
【黄龍吐翠】
【特色】仏教と道教の特徴を融合した建物。龍を主題、縁を中心、越劇を特色とする倣古遊覧景勝地。中には滝や洞窟、竹林などがある綺麗な山間園林。
【歴史】南宋の時、江南黄竜山の彗開が護国仁王寺院をつくり、清末、道教の道観を設け、1983年に黄龍倣古園にした。1985年に西湖新十景の一つに指定され、1995年に「圓縁民俗園」と改名。黄龍洞小百花越劇団は有名。
【景勝】方竹園、竜潭、月老祠
【満隴桂雨】
【特色】木犀の花を楽しむ有名な景勝地
【歴史】五代呉越国時代、満覚院という寺院が開山され、宋の末、明の初め、地元の人々はここに木犀の木を植えた。1983年木犀の花は杭州市の花に決められた。1985年ここは西湖新十景の一つとなり、1999年に満隴桂雨公園を建設した。現在、10000本の木犀が植わっている。
【景勝】木犀林、石屋洞
【呉山天風】
【特色】市街区内唯一の山。いろいろな民俗風情が見られ、趣のあるところ。新しく建てられた城隍閣は鳳凰が飛んでいるように見えて、杭州の代表的景観。
【歴史】春秋時代に呉国の境目で、呉山と名付けた。明の時、正直な浙江按察使周新を記念するため城隍閣を建て、山も城隍山と呼ばれた。清代に「銭塘二十四景」に選ばれ、1985年、西湖新十景の「呉山天風」と命名された。「天風」という言葉は秋謹女士の詩から取った。1988年、呉山文化広場を作り、呉山を中心とする景勝地域が形成された。
【景勝】城隍閣、周新祠、呉山文化広場
【龍井問茶】
【特色】「茶」を中心とする地域。龍井泉は西湖の三大名泉の一つであり、中国茶葉博物館も近くにある。
【歴史】三国東呉赤烏年間(1700年前)に発見され、もとは龍湫と呼ぶ。人々はこの泉が海と繋がって龍がいると信じ、「龍井」と名付けた。晋代に道教の葛洪はかつてここで不老長寿の薬を作り、五代には龍井寺を建て始め、最初の名は報国看経院と呼ばれた。明代に現在の場所に移し、清の乾龍皇帝が龍井を遊覧した時、「湖山第一佳」と書かれた。
【景勝】滌心亭、一片雲、神運石、龍井泉、龍草堂
【虎跑夢泉】
【特色】説泉、賞泉、試泉、品泉など、性空、済公、弘一法師などの伝説によって有名な人文景観である。
【歴史】唐の初め広福禅院を建て、後に大慈定彗寺と改名され、清代に大規模な修理工事が行われた。「天下第三泉」と呼ばれ、水中の鉱物が少ない、ラドンが高く、表面張力が大きい。
【景勝】済公殿、済公塔院、夢泉塑像、満翠崖、羅漢堂
【雲棲竹径】
【特色】竹を中心に緑、青、涼、静の4つの特徴で有名な景勝地。
【歴史】五代呉越国の時、寺を建て、唐代に竹が山一面に植えられた。宋、明代に高僧がいた。伝説によると清の康煕帝は雲棲に4回来られ、清の乾隆帝も6回来られた。1985年に新十景に指定された。
【景観】竹林、竹径、洗心亭、碑亭、遇雨亭
【九渓煙樹】
【特色】山と木、渓流をテーマとした優雅な景勝地
【歴史】主な渓流は翁家山楊梅嶺から流れ、山々の谷を通って、小さな渓流を集めて、銭塘江に流れていく。原名は九渓十八澗と呼ばれた。1985年に新十景に指定され、滝の飛沫が煙のようで満谷迷蒙となり九渓煙樹という名を付けた。釣も可能。
【阮墩環碧】
【特色】庭園式の倣古観光の小島
【歴史】清の浙江廻撫阮元が人々を動員し、西湖をさらった泥で作った島である。南北34メートル、東西33メートル、面積5561平方メートル。1981年、応接間、曲廊を作った。1985年に新十景に指定され、湖上釣り場でもある。
【景勝】魚釣り